せかいのそばりょうり【世界の蕎麦料理】

                   参考リンク  かろう【河漏】
                           そばのりょうり【蕎麦の料理】


     『世界のそば料理』 氏原暉男氏著 (柴田書店 「蕎麦の世界」より

作物としてのソバは日本のみならず、古くから世界各国で栽培されており、国によっては重要な食料源の一つとなっている。食用とする部分も子実(穀粒)の他に葉や新芽も野菜として利用されている。現在栽培されている種類は、日本を始め、中国、ソ連あるいはカナダなど主要な栽培国ではいわゆる普通ソバが圧倒的に多いが、ネパール、ブータンや北インドなどのヒマラヤ諸国ではダッタンソバもかなり栽培され、食用に供されている。他に、野生のシャクチリソバ(シュッコンソバ)があるが、この種は、新芽を野菜として食べる程度で、重要性は少ない。

日本のように麺に加工して食べる国はというと、隣の中国や朝鮮およびブータンぐらいしかない。世界で最も広範に、しかも古くから親しまれているのはそば粥(ロシア語でカーシャ)で、ソ連を始め、ヨーロッパ各国では日常的な料理の一となっており、むき実の全粒かまたは引き割り(荒挽き)ソバを原料としている。

インド、ネパールなどでは、もっぱら粉を水でねって薄焼きや厚焼き(ロテイ、チャパティ、ナンなどと呼ばれる)にするのがほとんどだが、チベット系の人達はツアンパといって、日本の「こうせん」や「はったい粉」のようにして食べる習慣があり、かつての高僧河口慧海(かわぐちえかい)ゅチベット紀行にも登場している。

同類のものに、そばパンケーキやそばクレープがアメリカやカナダで健康食として増えつつあるが、これらは歴史的にみて比較的新しい。
しかし、フランスのブルターニュ地方のそばクレープは古い伝統的な料理の一つとして伝えられている。
 
その他、英国およびチロルのそばすいとん、ヨーロッパ各地の淡水魚を使ったそば料理(主としてマスのソバ粉詰め)、ポーランドのそばピロシキあるいはそばプディングなど、かなり趣の異なったそば料理がいくつか知られている。小麦粉を主食としているヨーロッパなどの各国では、小麦とは違ったそばの独特の風味が好まれているようであり、成分的にみても小麦粉とは異なった存在であることが、今述べたようないくつかの伝統的な料理を作り出した要因の一つと考えられる。
加工の程度や料理法は国によって千差万別であるが、それぞれの国の風土的な料理としていずれも古い伝統をもっている。いずれにしても、そばの風味を生かすような工夫がなされていることは、どの国でも共通していえることであ
る。

中国におけるソバの栽培歴は非常に古く、また、南部の雲南地方はソバの原産地ともいわれている。最古の記録は日本より約一世紀早い七世期の農書『斉民要術』(せいみんようじゅつ) である。
現在でも栽培面積は恐らく世界で最も多く、100万f以上と推計されている。中でも、北方の内蒙古自治区、西安の所在する陝西省(せんせい)あるいは雲南省などで栽培が盛んで、日本への輸出の多くはこれらの地方からである。西安から南方の温暖な地方の産地はいずれも比較的標高の高い冷涼な高原地帯であることは日本のそばの産地の分布とよく似ている。
麦類や粟(あわ)、黍(きぴ)などの雑穀と同様に重要な穀物の一つとして食用に供されているが、栽培期間が短い利点を生かして、他作物の不作時における代替作物としての利用あるいは輪作作物として地力の維持・保全のためなど多様の目的で栽培されているのも中国のソバの農業上の特徴であろう。
また、中国のソバの花の色は日本と異なり、一般に赤味を帯びているのが通常であるが、雲南や湖北省のものには美しい真紅を呈するものもあり、観賞用「花ソバ」として利用してもよさそうな感じである。その他、健康食品としても扱われており、特に、血圧を下げる効果については最近のソバに関する文献にはしばしば書かれている。また、重要な蜂蜜源でもあり、花を求めて養蜂家族が旅を続けている光景はこの国ならではのことである。
                                                            
中国のそば料理はというと、古くから知られているのは王禎(おうてい)『農書』(1313)に出てくる河漏であるが、これはソバ粉を延ばして煎餅あるいは湯餅(ゆもち)にする伝統的な食べ方である。日本のように麺にして食べる習慣もあり、ソバ粉をねって穴のあいた木の器に入れて上から圧力をかけ、トコロテンのように押し出す方式が一般的であり、筆者が西安で食べたのは、一見日本の焼きそば風の料理であったが、かなりの苦味を感じたところからみると、ダッタンソバも使われていたものと思われる。
   かばく【花麦】
      
中国でのソバの別名。ソバの花が白いことからいったもの。
 
北方の内蒙古地方のそば料理の一つに「猫の耳」(ねこのみみ)というのがあるが、これはソバ粉をよくねって、ちょうどマカロニの一方の端が開いて、猫の耳のような形の太くて短い麺を作り、羊肉や野菜と一緒に煮たもので、日本のけんちんそばを想像して頂ければよい。寒い地方によく合う食べ方の一つである。
他に、皮をむいてソバ米を作り粥(かゆ)の材料とすることも古くからの料理法である。南から北へと国土が広く気候も様々な中国のそば料理は世界で最も多彩といえよう。

朝鮮民主主義人民共和国や大韓民国のそば栽培の歴史も古く、北朝鮮の古い記録にはソバが火田(日本の焼畑のこと)の主要作物として位置づけがなされており、この点からみても歴史の古さがうかがえる。最近の情報は入手困難であるが、韓国の栽培面積は東アジアで日本の次にランクさ
れている。これら南・北両国の伝統的なそば料理として著名なものとしては、そば冷麺(レンミョン)があるが、古くからピョンヤン冷麺として定評があり、本場は北方とされている。そば粉7、澱粉3の割合で細く打ったそばを茹でてから冷やし、冷たい肉のスープをかけキムチや野菜などの具をのせるのがオーソドックスな食べ方のようである。
最近はソバの栽培面積が減少しっつあり、冷麺も北から南下して板門店近くになるとほとんどが小麦粉で作られるとのことである。
もう一つの両国の有名なそば料理にムック(ムーとも発音する)があるが、これは正月や結婚式など祝事にはかかせない料理の一つで、日本の羊かんの一種で、ソバ粉を水かぬるま湯でといて、寒天を加え、加熱したものを冷やして固め、羊かん状に切って、辛い薬味汁をつけて食べるもので、あっさりとした風味は格別である。

ソ連もソバの栽培歴の古い国の一つである。栽培面積も中国とほぼ同じくらいともいわれている。ソバの研究もなかなか盛んで、特に品種改良に関する研究が多く、現在話題となっている一代雑種(F1)ーエフワンーらの実用化にもかなり力を入れている。
伝統的な品種としてよく知られているボガデリーや近代品種のスコラスペラヤなどはいずれも小型でコンパクトなタイプをしており、日本の北海道の牡丹ソバよりさらに早生の超夏型とでもいうべき性質を有している。

ソ連のそばの食べ方は前にものべたようにカーシヤ(そば粥)が主流であり、現在では東ヨーロッパを中心とする各国に広まっており、いろいろな変型がみられる。もともと日本でいう「ソバ米」を煮たものに、溶かしバターや牛乳を入れて食べる素朴な料理で、現にイタリアのブラック・ボレンタ(貧民粥の意)はその代表例であるが、キャビアやニシンの酢漬けなどを具に使った豪華なものまであるようで、粥といってもなかなか多彩な趣向がこらしてある。
塩味だけの粥状カーシャ

また、昔からダッタン人たちが好んで食べたといわれるダッタンソバの料理法については記録や文献が入手できないので詳細は不明であるが、普通ソバにくらべ表皮が剥きにくいことから、恐らく製粉して利用されていたものと思われる。

インド亜大陸の北部に位置し、中国のチベット高原と隣接して東西に長くヒマラヤが横たわっている。その南面にはネバールやブータン、カシミールなどいわゆるヒマラヤ諸国と呼ばれる国々があり、山岳・丘陵地帯で固有の農業を営んでいる。平野部の水利の便のよいところはほとんどが水稲作であるが、丘陵の傾斜地では今も稗、粟、黍や豆類などの雑穀の栽培が盛んであり、主要な食料源となっている。
それらに混って、ソバも古くからの作物の一つとして栽培されている。分布範囲も非常に広く、標高4000bあまりの冷温帯で耕作限界のヒマラヤ山麓から北インドに接するタライ平原と呼ばれる亜熱帯気候の地域にまでおよんでいる。
これらの国では冒頭で述べたような二種類のソバ、つまり普通ソバとダッタンソバが作られており、標高が比較的低い2000b以下の所では普通ソバが多く、1500bから4000bにかけてダッタンソバが栽培され、とくに、耕作限界附近ではジャガイモや大麦と並んで重要な穀物とされている。その他に野生の宿根ソバが両者のほぼ中間の高さのところに分布しているが、新芽を野菜として利用する程度でそれほど使われてはいない。
以上のようにソバは広い地域にわたって、環境の異なるところで栽培されているので、種々な特徴を備えた在来品種が存在しているが、一般的には花の色はピンクで、日本の九州地方の秋そばのように晩生のものが多い。
そばの食べ方はというと麺に加工するのはブータンやネパールの一部に限られているようであり、あまり盛んではないが、中国と似た製麺法で作られている。うどんのような太いそばで、小麦粉を混ぜずに水でねった塊を多数の穴を通して押し出す道具を使って作る。ブータンには箸やフォークを使う習慣はないので、料理されたそばは指で食べる。

最も一般的な料理は日本の″お好み焼″ に似たロティである。もちろん、原料にはそば以外のほとんどの雑穀類が用いられる。ソバ粉を堅めにねって、円状にのばし、フライパンか直火で焼き、ニンニクやトウガラシの効いたたれをつけて食べるのが通常である。エヴェレストの山麓の村では、ダッタンソバの粉とおろしジャガイモを混ぜて焼き上げる料理があり、ダッタンソバ特有の苦味もやわらぎ、大変美味である。また、西ネパールの調査の時の荷役人(ポーター)達の朝食と昼食は毎日そばやシコクビエのロティであった。
ダッタンそばで作ったロティ

その他に、そば酒(チャンというドブロクの一種)やロキシと呼ばれる焼酎の原料としても使われており、ヒマラヤ諸国は、恐らく中国についで広く利用している国々であろう。