うちいりそば【討入蕎麦(打ち入りそば)】
                       参考リンク  ぎしそば【義士蕎麦】


忠臣蔵の赤穂浪士大石良雄らが討入りの前に食べたといわれるそば。元禄15年(1702)12月15日に吉良義央(きらよしなか)を討って首尾よく本懐をとげたが、その前夜、そば屋楠屋十兵衛またはうどん屋久兵衛の二階で勢揃いし、縁起を祝って手打ちそばやうどんを食べたという。これにちなんで14日の義士祭にはそば供養を行なうしきたりになっている。
しかし、そば屋に集まったというのは虚説で、集合場所は本所林町五丁目の堀部安兵衛宅、本所三ッ目横町の杉野十平次宅、本所二ッ目相生町三丁目の前原伊助・神崎与五郎宅の三ヵ所が正しい。両国矢ノ倉米沢町にある堀部弥兵衛宅で饗応を受けたあと、吉田忠左衛門、同沢右衛門、原惣右衛門ら6〜7人はまだ時間が早いため、両国橋向川岸町の茶屋亀田屋に立ち寄り、そば切りなど申しつけ、ゆるゆると休息した。そして八ッ時(午前二時)前に安兵衛宅へ集まった、と『寺坂信行筆記』 にある。

    打ち入りそば
義士に関する錦絵や図版は多い。「誠忠義士銘々伝 隅野十平次藤原次房」(芳虎画)