ふくやまそば【福山蕎麦】  
                    参考リンク   とちりそば【とちり蕎麦】 


『蕎麦全書』上に「堺町福山、錦そばを出せり。器物皆、錦手(上絵付の磁器で、色絵に金彩のあるもの)の焼物を用ゆるなり」とある。
「錦そば」と「重箱けんどん」を名目にしており、芝居町の市村座の東に隣接して繁盛し、主人は平兵衛。「とちりそばといって、役者が舞台でせりふを間違えたり、出番に遅れたり、そそうをおかしたとき、自腹で楽屋中へそばを振る舞う慣習があり、福山が一手に納めていた。歌舞伎十八番『助六』のかつぎ(出前持ち)には寛延二年(1749)以降、うどんの名店市川屋が登場した。文化八年(1811)からは福山がとって代わったが、文政(1818〜30)末ごろ店を閉じたらしい。

福山そば
国貞画「助六松本幸四郎」