こしきそば【古式蕎麦】
ぎしきそば【儀式蕎麦】

                     参考リンク   きせつそば【季節蕎麦】

 公事・神事・仏事・または慶弔の礼などに際し、一定の規律に従って行う古来の作法。また、その行事をいう。

うちぞめ 打ち初め 正月2日、めん類を打って神仏に供えること。
     長野県木曽郡開田村
     神奈川県津久井郡相模湖町内郷
11月6日、栃木県鹿沼市上南摩町では地神様に秋の新そばを打って供えることを云う。そばは、そば粉9,小麦粉1の割合で、ヤマイモと卵をつなぎにし、水を使わないで打つ。
えびすこうそば 恵比須講蕎麦 商家では商売繁昌を祝って陰暦11月20日に恵比須を祭る地方が多く、親類や知人を招いて祝宴を催す。
 新潟県佐渡郡相川町では、陰暦正月20日(初夷)と10十月20日(暮夷)の恵比須講に食べるそばをエベスコウソバという。しかし、両津市岩首だは前日の宵夷に食べる。
えんきりそば 縁切り蕎麦 そばは切れやすいから、旧年の苦労や災厄をきれいさっぱり切り捨てようとの意味で歳末に食べるそば。「年切りそば」とも。
えんねんそば 延年蕎麦 延年に打つそばのこと。
福井県勝山市河合では、2月6日と7日を「延年」といい、寿命が延びることを願ってそばを打つ。主婦は6日の昼までにそばを打ち上げ、客呼びのほか、嫁の親や娘の婿などを呼び、正月祝いをする。
えんむすびそば
ゆいのうそば
縁結び蕎麦
結納蕎麦
細く長く続く、側(そば)に末長くという縁起から、縁結びのしるしとして嫁方から仲人付き添いで婿方にそばを持参する。「結納蕎麦」ともいう。
一方、そば切りの「切り」を忌み、幸運をつながることを願って「うんどん」つまりうどんを用いるところもある。
おしょうきそば 御正忌蕎麦 正月16六日を中心に京都本願寺御正忌、すなわち浄土宗開祖・親鸞上人の命日に法王が食べる儀式。
法王の食器は銀地に亀の模様の漆器で、この法事に関わる12人の役僧の食器は朱塗りとされている。「法要蕎麦」ともいう。
おちつきそば 落ち着きそば 婚家に新客(親類の代表者)来訪の折に、まず最初に食事として出す蕎麦。
  福島県西白河郡泉崎村)
かみのおたちそば 神のお立ち蕎麦 新潟県蒲原郡東川村(現・上川村)では、九月三十日は神々が出雲へ行かれる日ということで、「神のお立ち」といい、そば・うどんを供する。この日の蕎麦を、「神のお立ち蕎麦」という。また、一ヶ月して神々が戻る十月晦日を、「お帰りの日」といい、同じくそば・うどんを供する習慣がある。
 新潟県佐渡郡畑野町猿八や相川町北秋でも、神無月の始まる前日、すなわち陰暦九月晦日を「神送り」といって、そばを供する。
がんじつそば
ついたちそば
元日蕎麦
朔日蕎麦
「ついたちそば(一日蕎麦)ともいう。
古代の日本では一日の始まりは夕方からと考えられており、新年の行事が大晦日の夜から始まる風習と考え合わせると、除夜の鐘を聞いてから食べる年越し蕎麦は「ついたちそば」または「元旦そば」でもある。
いまなお地方の旧家では、元旦に若水を汲んだあとそば膳で祝う嘉例が少なくない。
かんじょうそば 勘定蕎麦 そばは切れやすいので、旧年の借金を打ち切る意味で大晦日に食べるそばをいった。必ず残さずに食べなければならない。
きりそめ 切り初め 長野県諏訪市豊田」では正月2日、下伊那郡では4日にそばを打って、その年に初めてそばを切ることを云う。
くわあげ 鍬上げ 麦播きのすんだ日に労をねぎらって、鍬を洗って飾り、そば・うどんを供える。(長野県北安曇野郡)
けんじょうそば 献上蕎麦 朝廷や藩主へ献上されたそば。
室町時代に尾張の国から京へ出た車町尾張屋は御所へそば献上を例とした。稲岡伝左衛門を代々襲名。
献上の際の器類も残されている。また出雲の羽根屋も献上そばを看板としているが、これは江戸時代藩主松江公への献上をいったもの。
こうしんそば 庚申蕎麦 60日目に回ってくる庚申(かのえさる)の夜(御申侍ともいう)に清めのためと眠気ざましに食べるそば。この夜は、仏家では帝釈天および青面金剛、新道では猿田彦を祀って寝ないで徹夜する風習があり、夜食にそばが盛んに食べられた。
こうはくそば 紅白蕎麦 赤と白の二色の変わりそばを盛り合わせたそば。
赤は「海老切り」、白は「更科そば」で、祝儀に用いられる。
ごてんすすはらいそば 御殿煤払蕎麦 江戸時代、京都御所、宮家、江戸城、諸大名邸などでは、歳末のすすはらい(煤払い)の後にそばの振る舞いがあった。「すすはらいそば(煤払いそば)」ともいう。
さおとめふるまい 早乙女振る舞い 新潟県や青森県では秋の収穫がすむと、村の娘たちがそばを打ち、若者を招く。男たちは酒持参で「夜酒盛り」をやる。かっての青年懇親の催しといえる。
しあんそば 思案蕎麦 旧年を回顧し反省する気持で大晦日に食べるそば。
  参考リンク  
「年越し蕎麦」
じがみだんご 地神団子 陰暦10月10日にそば粉に黍粉(きびこ)を混ぜた団子を作り、その年の土の神に感謝祭をし、親類にも配る。10月になると、八百万(やおよろず)の神々が出雲の大社に集まるので、村には神様がいなくなるが、地神様だけは残って守ってくださる。と信じられている。(福島県南会津郡檜枝岐村)
しきぞめそば 敷初め蕎麦 江戸「新吉原」の全盛時代には、馴染み客が大夫の名のある花魁に夜具一式を新調して贈る敷き初めの祝いがあった。この時に客が妓楼関係者一同へもりそばを振る舞う風習がある。これを「敷初めそば」という。
太田南畝著『松楼私語』によれば、そば代金は三両二分だったという。
川柳に「敷初はそばやがいつも早く知り」
しまいそば 仕舞い蕎麦 そば店が看板(終業)になると、外番をはじめ中台、釜前、花番に至るまで一同が集まり、釜前の手によって大きな溜め笊にいくちょぼも盛られたそばをすすり合うこと。
戦前の看板は午後十二時頃が通常だった。
しもつきゆさん 霜月遊山 11月15日、若い嫁婿が新そば粉を持って里に帰る習わしをいう。(埼玉県桶川市)
しゃくせんきり 借銭切り 一年中の借金を打ち切るとの意味で食べる年越しのそば。
しゅっせそば 出世蕎麦 そばは縁起が良いためにいう。(岡山県邑久郡牛窓町平山)
じゅみょうそば 寿命蕎麦 そば切りは長く伸びるので、延命長寿を願って年越しに食べた。
しょうがつそば 正月蕎麦 そばを清めの食べ物として、正月元旦、2日、15日、晦日に打って食べる風習。
甲信越や東北の一部などに見られたという。
すすはらいそば 煤払い蕎麦 江戸時代、歳末の煤払いのあとで食べるそば。
せつぶんそば 節分蕎麦 節分は季節の移り変わりの境目で立春、立夏、立秋、立冬の前日すべてが節分だが、一般的には立春の前日を指している。この日、清めのそばを食べて晴々しく立春を迎える。本来はこの節分そばを「年越しそば」といい、「大晦日そば」と区別される。
せんきそば 疝気蕎麦 江戸時代、疝気にそばが効くと考えられ、よく食された。甲州の山梨県西八代郡、東山梨郡では小正月の前日の1月14四日夜、疝気を避けるために「疝気そば」といってそばを食べる。
「疝気」とは大小腸・腰腹などの筋肉が引きつって痛む病気で、疝痛・疝癪などを引き起こす。「疝気を打つ庵の麺棒」(安政元年・1772版『一枝筌』三編)
そばすべり 蕎麦すべり 高知県高岡郡佐川町荷稲で、乙子の朔日(旧暦12月1日に行う祝い)に炊かれるそばおじやのこと。乙子の朔日に、そばすべりと称して、そばおやじを炊いて乙子様に供え、今年の無事と来年の健康を祈ってから食べる。名称の由来は、昔そば粉に小豆を入れてこねた「そばがき」に油を付けて食べたことからといわれ、年越しまでの一ヶ月は、息災であるように年を越すことを祈っての祭りという。材料は米・田芋・じゃこ・そば粉・ニンニクの葉・ニンジン・ネギなど。同県安芸郡馬路村日浦でも「そばすべり」と呼び、乙子の日にそばを食べる。
そばつくり 蕎麦作り 正月十五日の夜、山桑の木の枝にそば団子を犬などの形に作って刺して飾る。この犬は鳥獣を追う呪いだという。(岩手県九戸郡山形村)
そばふるまい 蕎麦振る舞い そばどころで見られる風習で、一部では「縁者呼び」ともいっている。そば会を開くに当たっては、まず酒が供される。これを「そば前」と称するが、そのあとにそばが出される。手打ちであるから途中で一休みがあり、そこで「中割」といってまた酒が出る。ちょっとした休憩であるから、少したしなむ程度でまたそばの続きとなる。最後に納めの酒が出される。これを「箸洗い」という。
だいしこうそば 大師講蕎麦 11月23日に、弘法大師を祀るるために家ごとにそばを打つ習わし。
 (岐阜県揖斐郡坂内村川上)
だいもんじそば 大文字蕎麦 毎年盆に京都東山の大文字焼きの夜に食べるそば。
明治維新までは、京の御所では宮廷の人々が廊下に出て御所の池の面に映る大文字の火をご覧になり、女官以下下働きの衆にまでそば振る舞いがあった。廊下でいただくので「お廊下」ともいった。この習慣が民間に伝わって大文字の夜のそばとなったという。
たかもりそば 高盛り蕎麦 神奈川県川崎市宮前区にある白幡八幡神社では、三月の初卯の日に歩射神事が行われる。歩射とは、馬を駆って的を射る騎射すなわち流鏑馬に対して、徒歩で的を射ること。その年の豊凶を占う年占であるとともに、破魔の目的も兼ねている。行事が終了すると、「高盛り」といって、そばが溢れるほど盛られたものと、大盛りにされた米飯が振る舞われる。これを食べ残さぬ事を吉兆としている。
現在は、神前に供えるだけになっている。
たちそば 立ち蕎麦 婚礼の披露宴が終わり、嫁の両親が帰るときに出すそばを云う。嫁がこの家に細く長くいられるように、との願いが込められている。(福井県坂井郡坂井町)。
新潟県北魚沼郡堀之内下島では、タチハソバと呼ぶ。
たちは 起端 婚礼の酒宴が終わると席を移した座敷でそばを出す。新潟県上越市高田での方言。肴はムシリザカナといって、一匹の魚を箸で取り分けて皆で食べる。「たちは」は立ち去るべき時期の意で、そばを食べたら揃って退席する習わしになっている。
福井県大野市森山でも「たちは」といい、同勝山市河合と福島県会津若松市では「後段のそば」と呼んでいる。
たてまえそば 建前蕎麦 むねあげそば【棟上げ蕎麦】
たんごそば 端午蕎麦 五月五日の端午の節句にそばを食べる慣習のこと。
つなぶちせっく 網打ち節句 一月二十日、赤飯を炊いて神様に供え、近隣五、六軒が集まって藁ゴミ(わらのしん)で縄をつくる。夕食にそばなどを作って食べるが、当屋は輪番でする。
(山梨県北巨摩郡高根町樫山)
とうかそば 十日蕎麦 生後10日目と20日目にめん類を作り、神棚に供えて、子供の健やかな成長を祈る風習。厄よけになるという。取上婆(産婆)と近所に配る。(栃木県塩谷郡栗山村)
とうじそば 冬至蕎麦 12月22日、23日ごろの冬至の日に食べるそば。この日にはカボチャ、コンニャクを食べ、柚子湯に入る風習が多いが、そばを食べるのは岡山県長船町行幸・笠岡市神島、福島県磐城地方など。この日にふさわしい変わりそばは「柚子切り」が筆頭だろう。
どようそば 土用蕎麦 立秋の前18日間を夏の土用という。その初め日を土用の入りといい、7月20日頃にあたる。この土用の入りの日に食べるそばを云う。岡山県吉備郡真備町では、そば錬りを食べると腹痛がしない、また笠岡市神島では、そばを食べると暑気当たりしない、と伝承されている。
になわそば 荷縄蕎麦 盆中、多くは15日にめん類を打ち、盆棚の飾り縄にしたり、またはナスやキュウリで作った馬の背にかけるのをいう。「荷縄」、「背負い縄」、「鞍縄」ともいう。
にんぎょうゆい 人形結い 産土(うぶすな)神社の縁日である六月十五日に、茅(かや)・わらなどを使って身長3mほどの男女一対の人形を作り、集落の入り口に立てて悪魔の侵入を防ぐ風習。
ねんきりそば 年切り蕎麦 そばは切れやすいため、旧年の労苦や災難をバッサリ切り捨てようと、食べる年越しそばをいう。 切りや蕎麦ともいう。(岡山県)
はつみそかそば 初晦日蕎麦 初晦日に食べるそばのこと。新潟県南魚沼郡六日町などでは、正月の末日を初晦日といい、この日にそばを食べ、12月の大晦日には食べない習わしでがある。富山県砺波郡平村上梨でも、この日に「大年そば」を食べる。
ひきぞめ 挽き初め 正月13日を粉(こ)正月といい、この日までは粉を挽いたり、豆を煎ることはできないと伝えられている。挽き初め、煎り初めともいう。(広島県比婆郡)
ひっこしそば 引越し蕎麦 江戸中期あたりから始まった、江戸を中心とした風習。引越しの際、隣近所は二つずつ、大家へは五つ、そばを配って挨拶する。東京になって関東大地震(大正12年・1923)頃まではごく一般に行われていた。関西ではこの風習は見られない。
ひなそば 雛蕎麦 3月3日の雛祭りにそば切りを供えるようになった始まりは、いま一つ定かではないが、十八世紀江戸中期には民間でかなり広まったと考えられる。江戸では4日にそばを供えてから雛を仕舞った。雛飾りが年を追って豪華になっていくに伴い、そばも二八から色彩に富んだ三色そばや五色そばが供されるようになったが、三色の方が古式に則したものであろう。地方によっては「雛うどん」として、うどんを供えるところもある。
ひまちそば 日待ち蕎麦 お日待ちの晩に打ったそばのこと。栃木県塩谷郡山村川俣では、正月6日の晩は山鳥でだしを取った「しっぽくそば」を食べる。八朔(はっさく=8月1日のこと)、8月十五夜、9月9日の初九日、9月十三夜、9月十九日の中九日、10月10日の地鎮祭様、10月20日の恵比須講など、お日待ちの晩に、必ずそばを打つ習わしがある。
みそかそば 晦日蕎麦 月末に食べるそば。江戸中期から商家を中心に広まった風習と考えられる。暮れの三十一日に食べるのが「大晦日そば」で年越しそばにつながった。関西では月の終わりを「つごもり」、年の暮れを「おおつごもり」という。そばのように細く長く家運、寿命を延ばし、身代が長続きするようにと縁起をかついだ。
むこそば 婿蕎麦 一番粉(さらしな粉)で作った白いそばの異名。
農山村では挽きぐるみが普通で、むこそばは祝祭婚礼のときだけに供されていた。婚礼そばとみてよかろう。特にこの風習が強いのは福島県の檜枝岐地方。

むねあげそば 棟上げ蕎麦 『日乗上人日記』の元禄十四年(1701)十月二十六日のくだりに「御位牌堂むね上也。祝儀として酒四斗ほど大工・小引く等へ遣ス。手代並大工頭又おさえ(宰領)等、足軽其外杖つき八人斗よびて、そばきり進ム也」とあり、寺方・町方を問わず、古くから建前に蕎麦を振る舞ったことがわかる。「建て前そば」ともいう。
やぶいりそば 藪入り蕎麦 藪入りは、奉公人が休みを貰って親元へ帰ること。かっては正月と盆の十六日前後が決まりだが、特に正月の十六日の休みを云う。盆の十六日は「後の藪入り」といった。その際、働きに出ている子供たちへの慰労の気持で実家で出すそばをいう。
やまのかみのきしらべ 山の神の木調べ 岐阜県揖斐郡徳山村(現・藤橋村)塚では、二月九日をヤマノコと呼び、山の神が木の本数を数えるゆえ、この日に山に行くと木のなかに数え込まれるといって、山へは行かず家で馳走を食べる。         
青森県三戸郡五戸町では二月十二日に木調べが行なわれる。山の神は女で悋気するため、男も山に入らない。山子たちは山持ちの家によばれ、酒・肴・そばを馳走される。

ようかぞ 八日ぞ 二月と十二月の「コト八日」の日を、ヨウカゾという。目の多い籠や粉ふるいを軒高く揚げて、一つ目小僧を撃退する日と説いている。ヨウカゾの名称は「今日は八日ぞ」という類の諺があって、本来は記憶を強めるようにしたのが起こりらしい。この両日にそばを打って神に祀る。(神奈川県)
ようかそば 八日蕎麦 栃木県芳賀郡では旧暦二月八日、師走の八日の両日はそばを打ち、家の裏に熊笹で編んだ塔(八日塔)を作りその上に供える。表の屋根に上げる目籠とともに、鬼を家の中に入れない呪いとする。青森県津軽地方ではヤグシコ(薬師講)といって病災のないよう神仏に祈る日で、八日そばは十二月のみ。まれに一月八日にする土地もある。このそばを食べれば病気に掛からないと云う。岡山県川上村高山ではヨウカマチソバという。
ようかふぶき 八日吹雪 十二月八日は八日吹雪といってこの日に吹雪がある。と東北や山陰地方では信じられていた。この日に、岐阜県大野郡そ荘川村では、焼き畑から穫れたソバでそば切りを打ち、豆腐を作って神棚に二品供え、家族がお相伴して食べる。揖斐郡徳山村(現・藤橋村)櫨原では、野菜汁に太打ちのそばを入れドジョウ汁で食べる。