めんるいとうじやど【麺類杜子宿】

江戸時代は「饂飩杜子宿」、明治以降は「蕎麦職寄子口入宿」といった。「寄子」(そば職人)をかかえた口入れ宿で、今でいう調理師紹介所である。俗に「やどや」、「部屋」といい、関西では「入れ方」といった。
寄子は腕自慢の変わり者が多かったといい、彼らを紹介する宿を営む者は、侠客か社会的に顔のきく人物が当たった。明治維新後の東京における専門の口入れ宿は、明治三十年(1897)ごろには16軒あった。主なものは
      美男(京橋具足町)
      芝口(芝芝口)
      大芝(芝西久保)
      原田屋(浅草寿町)
      小安(神田三河町)
      弁慶(同鍛冶町)
      馬の鞍(同和泉町)
      石田屋(同久右衛門町)
      青柳(麹町平河町)
      土手下(下谷徒士町)
      村田七右衛門(深川六軒堀)
      尾張屋伊之助(本郷春木町)など。
現在は東京、大阪に各一軒のみとなった。