そばちょく【蕎麦猪口】
ちょく【猪口】



「猪口」はチョクと読むのが正しく、チョコはなまりである。
「そば猪口」と呼ばれる焼き物の器は、そば汁を入れる器には違いないが、そもそも「そば猪口」とは、祝儀や会席の膳の向付(むこうづけ)として、このわたや酒盗、和え物、酢の物などを盛って出されたものである。
「猪口(ちょく)」という文字が文献上に登場するのは、江戸時代の寛文年間(1661〜1673)。これが、そば汁の器として使われるようになったには、寸法の手頃さなどから蕎麦屋が利用しだし、「そば猪口」と呼ばれるようになったのは、明治時代以降とされている。

秀吉の、朝鮮征伐に従軍した鍋島直茂が帰国の折に李参平以下十八姓の陶工をつれてきて、有田の地にはじめて磁器窯を開かせたのが元和二年(1616)で、染付猪口が焼かれた。
物は必要に応じ名前がつけられ、ときには他品を利用しその使い方によって名称も変わってしまう。「チョク」は朝鮮の音をただ字に当てたに過ぎない。猪口は酒器、湯呑みなどに使われたが、その器形にかかわらず向付の一種であったともいえるようである。
「そば猪口」はどこからそのように呼ばれるようになったかというと、単純明快である。江戸期たまたまそば汁入れにその機能が適し、これを流用した習慣が生まれてから、従来単に猪口と呼ばれたものが「そば」を冠したにすぎない
猪口が「そば猪口」と広く認められるようになった理由の一つは、現実にそば店の使用に影響があった。そして、そば猪口と呼称されたのは、明治以来のことである。