うすば【臼場】

そば店で、玄そばから果皮(殻)を取った抜き実を石臼で手挽きし、そば粉を作る場所をいう。江戸時代、神田川と妙正寺川の合流地域に「くるまや」とも呼ばれる水車場が発達、そばの抜き実(抜き)を作ることから「抜き屋」ともいった。
三多摩、甲斐(山梨県)方面から馬の背で運ばれてきた玄ソバは、ここで果皮を脱して抜きとなり、市中のそば店に卸された。抜きで売られたのは、当時の包装が叺(かます)や俵だったことと、貯蔵がきくということから。
一般のそば店は自家製粉したが、大店となると職人部屋から派遣される臼屋と称する屈強の者が所要量のそば粉を挽きに来る。粉のほこりを避けるため特別の部屋を設けて臼場とした。電力の普及とともに自然消滅した。↓
 
うすや【臼屋】
 
石臼でそば粉を挽く専門の職人。江戸から明治にかけては、そばは抜きの形で「抜き屋」から仕入れ、各店で石臼で製粉された。一般のそば店では店の者によって製粉されたが、大店では職人部屋から派遣される職人に挽かせるのが普通であった。
この石臼でそば粉を挽く専門の職人をうすや(臼屋)」といった。